ナニワ金融道場・意見交換BBS

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[139] 無題 名前:エネルギー名無し (16/05/15-03:22)
 本当にマルクス信者は救いようがないね。
 いくら腐れ資本主義の病癖を糾弾したところで共産主義が人類史上最悪のイデオロギーと言う事実は消しようがないよ。

[138] 【 都知事、スイートルームで「熊本地震の会議」米出張中 】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ4Q5FTYJ4QUTIL03H.html 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/04/27-21:33)
「役人とは.一体どんな人間が優秀なのか」役所は営利を目的としとらんから.個人の売り上げや利益率などで判断することは出来ない。基本を言えば「公僕」というくらいなんやから.庶民に対しての良い役人が優秀なのやと思いたいところやが.その辺の判断は役所の上役がするしかないわけや。役所の上役にとっての良い部下とはどんな役人なのか。それは.予算をたくさん取って.取った予算をきれいに使い切ることと違うか。少なくとも.今までの役所ではそうだったはずや。言うなれば.税金の無駄遣いがうまい奴が優秀な役人。いくら能力等級制度といっても.そんな基準で優秀とされる役人が上に上がっていく可能性がある以上.役所の基本的な体質は改善されないやろうな。役所の税金の無駄遣いの原因の中には.補正予算というもんもある。補正予算は景気対策の為に組まれるものやが.日本の政治家と役人は景気対策といえば.土木工事という単細胞が揃っとる。だからこそ意味のない工事を無理矢理行うわけや。でもや.そんなことで潤うのは.一部のゼネコンと談合などの口利きをする役人だけや。問題なのは.役人の金に対する意識の甘さなのや。奴等役人は.自分らの無能さによってこしらえた借金を自分で返そうなんてこれっぽっちも思っとらん。「足らなかったら国債を発行すればいい」「補正予算を組めばいい」と実に安直に思っとる。自分の腹はちっとも痛まんからな。一言で言えば金銭感覚の欠如なのやが.この国の政治家と役人にも全く同じ事が言えるわけや。政府と役人には.一般庶民の金銭感覚がない。個人レベルでの金銭感覚はあるのかもしれんが.少なくとも税金を使う場合にはまったくないのや……。確かにそれによって.そこに既得権益が生まれ政治家や役人の懐は膨らみ表面上はみんなが儲かるという構図が出来上がった。しかし.税金の無駄遣いによる増税は.決して許されるものではない。そもそも日本の税金が高い一番の理由は.税金で儲けとる役人が多すぎるからや。役人は既得権益を持ち.公用車を乗り回し.住宅にしても庶民には信じられんような優遇を受けとる……。この大不況下にあって.庶民は企業のリストラによる失業に悩まされとるわけやが.役人のリストラは一向に進まない。リストラが進まないどころか.各省庁は全国で二一万人もの非常勤職員がおって.役人達のコネとしか思えんような方法で雇っとる事務系のアルバイトが三万一千人もおる。しかもこのアルバイト.いずれもかなりの高収入を得ております。いうまでもなく.この給料はすべて税金。この国の役人には.ほんまに経済観念がありませんわ。 -『激刊! 青木雄二「銭」6 税金 腹の立つ話し』青木雄二著 / 主婦と生活社 ¥667(税別)より抜粋 -

[137] 【 元患者「胸に響かぬ」 ハンセン病特別法廷、違憲認めず 】→http://digital.asahi.com/articles/ASJ4T5FTSJ4TUTIL05K.html?rm=337 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/04/27-02:36)
『淀川河川敷』 地球上の土地というのは.地球誕生の歴史から鑑みて.本来誰の所有地でもなかったわけです。地球上の生物皆のものでした。それを一部の悪知恵の働く人間が.柵をめぐらせて.所有権を主張するようになった。そうすると.後からこの世に生まれてくる人間は.生まれた時点で.自分の土地はどこにも残っていないことになります。また反対に.土地をもっている家族に生まれた子供は.何の努力もしなくても.優雅な人生が保証されていることにもなります……。このことは.資本主義である限り避けて通ることの出来ない.大いなる矛盾だと思います。大阪では賃貸ビル.マンションの大家が.電気代.水道代.ガス代を上乗せして.店子から家賃以外の費用を.不当に搾り取っている現実があります。21世紀まであと3年だというこの日本で.信じられないことが本当に起こっているのです。「日本は法治国家だ.そんな大家の横暴が許されていいはずがない。裁判に訴えるべきだ」と言われるかも知れませんが.僕は日本の裁判では絶対勝てるという保証はどこにもないと思います。はたして日本の裁判官に.彼等を敵に回して.電気料金を上乗せすることは.不当であり違反であるという判決を出せる.根性のある裁判官がいるとお思いですか。もし判決を出せば「じゃあ.今までの富を吐き出せ」という訴訟も当然起こってくると予想されます。これが日本の現状なのであります。ところで.資本主義社会とは何であるかと言いますと.生産関係を土台として.その上に二つの上層建築が成り立っております。第一のそれは.政治・国家・法律という広い意味での政治であり.第二のそれは.宗教・芸術・道徳・科学などの思想文化であります。現在の日本は.まだまだ一切が搾取階級の思想文化なのであります。つまりひらたく言えば「お前は労働者として.この世に生まれてきたのだから.これはもう仕方のないことなのだ。社会のためになるよう一生懸命働きなさい。そしたらあの世に行って幸せになれる。」というような思想文化なのです。搾取階級が.思想文化を持たなかったとしたら.思想的に無防備になってしまいます。そうすると資本家は3年はおろか.1年ももたないでしょう。日本の裁判官は.そういうことを考慮に入れて判決を出しているように思えてなりません。僕が絶対に勝てる保証はないというのは.実はこのことなのです。それが証拠に.沖縄の基地問題でも.期限の切れた地主の土地を.反戦地主が「返してくれ」と訴えても.裁判所は国に対して「返せ」という判決は出しませんでした。この国の正義はどこに行こうとしているのか。そのようなことをたえず考えていた49歳頃の作品が.『淀川河川敷』なのです。 -『さすらい』青木雄二傑作集(マガジンハウス¥950税別)より抜粋 -

[136] 【 千人の食を支える大釜 富山の社長、避難所に持ち込む 】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ4R5GNQJ4ROIPE01D.html?iref=comtop_6_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/04/25-22:01)
僕がよく「唯物論でいかなあかん」というのは、マルクスの唯物論のことや。僕はいつも.もし.神様.仏様.イエス・キリストさんが人々を見守っているのやったら.ここのテーブルの上にあるコップを「動かして下さい」と祈ったら動くかと.みんなに聞く。それはコップがどうしたって動かないことは.誰にだってわかるからや。もし.祈ることで.秋の収穫が豊作になるのやったら.余分にあくせく働くこともない。ところが.神や仏を信じて.自分以外の誰かが何かをしてくれる.と考えるのが唯心論や。唯神論ともいうな。心に唱えただけで豊作になるとか.極楽にいけると思い込むのがそれや。ようするに宗教やね。別に神や仏がいると勝手に信じるだけやったらいいけど.何故.彼等がああなるのかと言うと.これがすべて唯物論を理解出来ないからや……。マルクスの唯物論は「物質的生活」つまりその人がどんな仕事を.どういうふうにして生きているか.と言う事が人間のものの考え方や社会的なあり方を決めているというものや。自分が何を信じていようと.何を期待していようと.その人が労働者で.資本家から賃金を受け取っていれば.そう言う人間として存在し、搾取されている人間としての自己がある.ということや。逆にどんなに立派なことをいっていても.労働者から搾取する経営をしていれば.その人間は搾取する人間として存在しているわけや。これはマルクスの社会全体についての認識の基礎になるところや。つまり.社会のあり方や政治体制は.道徳や宗教によって決まるのではなくて.その基礎となるゼニ.つまり経済構造によって決まる。ということになる。また.マルクスはこうもいっている。「思想の歴史が示すものは.精神的生産は物質的生産とともに変化するということにほかならないではないか。ある時代の支配的な思想は.常にその支配階級の思想にすぎなかった」(『共産党宣言』)マルクスの唯物論にもとずく認識では「物質的生産」が思想を変え.社会を変革してきたというのや。そしてその社会を支配した階級に都合の良い「思想」が.その時代の思想として採用されている。これこそが唯心論の限界ということや。つまり.キリスト教が地動説を認めていなかった時には.ガリレオは嘘つきにされ.今は.資本家が社会を支配しているから.資本家に都合の良い宗教だけが奨励される……。マルクスはこういう支配階級のウソを根本的に暴いた。だから.文部省はマルクス主義を教えない.支配階級の思想による洗脳ということや。ところが.マルクスは.どん底の生活の中で.その後130年以上.世界中に影響を与えてきた『資本論』を書き続けていたのやから.凄いとしかいいようがない……。マルクスの思想が持つ最大の魅力は「強きをくじき.弱きを救う」という正義性だと思う。貧しい者が助け合って.独善的な金持ちを倒す.という話しは僕自身好きやな。日本には昔から「勧善懲悪」の考え方があるが.これが権力をかさにきたものだと気にくわない。自分の力で困っている人や貧しい人を救うのがええのや。そしてマルクスの思想には.そういう正義感というものがある。そして「共産主義は完成した自然主義=人間主義」だとしている。おまけに「無神論の人間愛は哲学的・抽象的だが.共産主義の人間愛は実在的で活動的」やとはっきりいっている。お互いを尊重して.理解しあい.差別や抑圧なしにつきあう.という人間同士のあるべき関係が.労働者が権利を獲得して.自分達を解放するためにも基本になるのやな。尊重し合い.理解しあい.助けあう。これがマルクスの「愛」だ。 -『ナニワ金融道 ゼニの魔力』青木雄二著(講談社¥1400税別)より抜粋 -

[135] 【 株価急落 原油安・円高・熊本地震の「トリプルパンチ」  】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ4L2VXPJ4LULFA002.html?iref=comtop_6_05 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/04/18-16:40)
地球上の人類は.最終的には.誰もが平等に暮らせるようになると.僕は信じている。いつかきっと.すべての人間が.平等に幸福を分かちあえる「地球村」ができるに違いない。それまでに何年かかるか.十年や二十年でできることではないだろう。百年.二百年と気の遠くなるほどの歳月がなければ.そんな理想の世の中は出来ないだろう。マルクスの提唱した共産主義社会は.ソ連と東欧で多くの失敗例をみせた。それは共産党の幹部や役人達が.おいしい思いをして国民に平等に富を分配しなかったからだ。せっかく理想の社会を目指しても.人間は欲が深くて胡散臭くて.すぐ目の前のゼニに群がってしまう。自分だけが得をする側にまわろうとする。もちろん僕だって例外であるわけがない。僕だって.欲の深いただの人間である。共産主義の国家は.これからも失敗するかもしれない。いや.必ず失敗するだろう。しかし.ひとつの国で失敗するごとに.人間は賢くなっていく。次はどうすれば.もっと平等な国ができあがるのかを考えるようになる。そういう人間のエネルギーと学習能力を僕は信じたい。「幸福などというものは.けっして人や神から与えられるものではない。自分で闘って勝ち取るものだ」弱者といえども.力を寄せ集めて勝たなければ.幸福は手に入らない。そのために.人間は想像力を持っているではないか。闘う力を持っているではないか……。人類は数千年の歴史の中で.様々な哲学を生み出した。しかし.覚えておく必要があるのは「観念論と唯物論のふたつだけ覚えておけば.世の中の裏と表がすべて見えてくる」この世の中は「観念=思うこと」でできあがっているのではない。実在と実在のぶつかりあいのうえで.人間は生きている。生きて存在している人間と人間との闘争の上に.人類の歴史がある。僕たち一人一人の人生がある。地球ができて.人類が誕生してしばらくは.原始共産制社会だった。それから奴隷制社会が誕生する。そして封建社会となって支配者と被支配者の関係が.システムとして固定した。それから産業が起こり.富を所有するブルジョアジーと.只々搾取されるプロレタリアートが分離し.資本主義社会が生まれた。これは世界中のあらゆる国や地域で共通した現象である。人類があらゆる場所で.このように同じ発展の過程をたどってきたのは.それがつまりは.生産力と生産関係とのせめぎあいの結果であるからだ。もしも.観念論が正しいとすれば.社会はこんなふうな発展は遂げなかったはずである。人間の観念こそが世の中を動かしてきたのだとすれば.さまざまな観念に従ってまるで異なった発展の形をとるのが自然だろう。今.はっきりいって.日本の社会はボロボロである。崩壊寸前といった様相を帯びてきている。しかし僕に言わせれば.これだって次に登場するべき平等な社会への移行の前兆なのだ。新しい社会が訪れるためには.古い社会が崩壊しなければならない。古いものが壊れなければ.新しいものは出てこない。僕たちの日本が.新しい時代を迎えるためには.まず今の腐った政治が崩壊しないといけない。その前兆はすでにあちこちで現れている。これから益々.そんな兆候がひんぱんに現れてくるだろう。それは誰もが平等に生きられる社会が登場してくる前兆なのだといってよい。僕たちは今.その過渡期にあって.よりよい社会が誕生するのを眺められるポジションに立っている。待っているだけでは.より良い世の中はやってこない。大声で叫んで呼び寄せなければならない。「大声で叫べば叫ぶほど.幸福は一歩づつあなたに近寄ってくる」「理想の社会」という言葉は.とても青臭くて.現実味のないものに思えるかもしれない。しかし.地球をながめわたしてみれば.狭い陸地に大勢の人類がひしめいている。もうこれ以上.戦争が起きたり.一部の人間が富を蓄積したりしていると.とてものこと.大勢の人間は生きていけない。今のこの世の中を変えていくためには.正直なところ.僕は「痛み」が必要だと考えている。痛みなくして.新しい世の中は誕生しない。誰もが痛みを感じずに.素晴らしい世の中が突然やってくるなんていうことはない。今.われわれの日本で.まず痛みを感じなければならないのは.自民党の政治家である。僕が「自民党」というときには.日本共産党以外の全ての保守政党をさしている。どのみちみんな資本主義擁護.大企業擁護の「資本主義党」なのである。だから僕はまとめて「自民党」と読んでいる。自民党.すなわち資本主義擁護の政党が政権をとっていると.いったいどういう世の中になるのかを考えて欲しい。それは庶民の税金を.大銀行に投入する政治である。大銀行を助けはするが.震災の被災者にはろくに分け与えようとしない政治である。大企業から合法的に「政治献金」を受け取り.その見返りとして.税金や国債を投入して公共事業を発注する政治である。こんなこと.いったいいつまで繰り返していくつもりなのだろうか。それを終わらせられるのは.国民である。国民が選挙で.自民党に投票しなければ.こういう金権体質も終焉を迎えるのみである。さらにもうひとつ.痛みを感じなければならない種族がいる。いうまでもなく大蔵省を代表とする官僚・役人である。官僚のやることといったら.まさにゼニにたかる蛆虫ではないのか。ほんまに質が悪い……。そしてもうひとつ.僕は言っておきたい。まだ他にも痛みを味わわなければならない人達がいる。いったい誰か。「それは我々.国民自身である」政治家や官僚の無茶苦茶を長い年月放置してしまったのは.国民である。ゼニが大好きなくだらない政治家を選んでしまったのは.やはりゼニが大好きな国民である。公共事業で自分の所だけおいしい思いをしようとたくらんだ人間が多いから.自民党がずっと政権を維持してきたのだ。こういう点をすべて改善するために.誰よりも我慢しなければならないのは.国民自身なのである。他人に我慢させておいて.自分達だけが楽な思いをできるということは.期待しないほうがよい。それでは.まるで自民党の政治家.大蔵省の官僚と同じではないか。人間は胡散臭い生き物である。誰もが「自分だけは得をしたい」と考えている。ここでもう一度.マルクスの言葉を繰り返しておこう。「哲学者達はこれまで世界をさまざまに解釈してきたに過ぎない。だが重要なことは世界を変革することである」変わらなければならないのは.誰よりもまず.国民自身である。そうすれば.世の中は確実に変わっていく。 -『ゼニの幸福論』青木雄二著 / 角川春樹事務所 ¥1200(税別)より抜粋 -

[134] 【「私たちは怒ってる」高市氏発言に抗議 岸井氏降板語る】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ2Y5HH6J2YUCVL01Z.html?iref=comtop_list_cul_n04 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/03/01-15:51)
資本主義というのは.貧富の差を生み.階級を作り.ひいてはそれが差別の根源となるわけや。今の資本主義が壊れて共産主義という新しい時代になると.そら.社会のシステムなんかコロッと変わりよる。一番困るのが.いわゆるブルジョアと呼ばれてる人種やろな。ええ洋服を着て.ええものを食べ.いい所に住んでと.金を湯水のように使い今.贅沢三昧してる奴等のことや。そういう人間にいきなり生活のレベルを下げろと言うてもでけんいうことや。共産主義いうのは.すべての人間が平等になるいうこと。そうなれば当然.上は嫌がる。共産主義になったら金持ちだけやなく.プチブルという軽度の貧乏人でも生活レベルが下がるようになる。だからかなりの人間が嫌がるやろな。金持ちを納得させ.貧乏人の意識を高めながら共産主義に引っ張っていくというのは.かなり難しいやろとは思う。そうなるとやっぱり.ヒトラーとかスターリンといった.強烈な人間が出てこんとあかん言うことになる。ヒーロー待望論なわけよ。でも歴史的に見て.リーダーシップのあるヒーローは国を崩壊させる危険もはらんでるわな。やっぱり時間かけて.ゆるやかに共産主義になるのを待つのが賢明なのかもしれん。今.中国で問題になっとることに.似たようなものがある。自由民主党が日本で共産主義革命の運動やるいうたら一番嫌がるように.中国は共産主義を破壊されるのが一番嫌なんや。その中国で問題になっているのが気功による集団「法輪功」いうやつや。それをなんで中国は徹底攻撃するかというと.あの団体の教えそのものが.マルクスの学説に反するからなんや。これまで中国が必死になって築き上げてきたもの.つまり共産主義が「法輪功」によってゆがめられてしまう。だから.ここで徹底的に潰しとかなあかんいうことやろ。しかも.そこに他国の利害も絡んできてるやろ。ズバリ言えばアメリカや。資本主義社会であるアメリカにとっては.共産主義は崩れたほうがええ。だからこそ喜んで「法輪功」の指導者を匿っとるわけや。中国政府に「身柄引き渡せ」って言われたって引き渡さんで。「法輪功」に対する中国の過激なやり方を見て.それって弾圧ちゃうのん。やっぱり共産主義は怖いと勘違いしてる奴もおるやろ。でもな.よう考えてみい。立場変わったら日本かて同じ事やるで。例えばやね.日本で誰かが「日本の腐れ資本主義を壊さなあかん。本当の意味で自由で平等な社会を作るためには共産主義なんや。さあみんなで共産革命やろうやないか」って言うたら.さすがに弱腰の日本の公安でも取り締まるやろ。それと一緒のことなんですよ。そういうもんなんや。だから一概に中国を一方的に責めることはできんと思うで。結果的に言えば.将来はゆるやかに共産主義になっていく。何回も言うけどそうならざるをえないんですわ。人間はみんな個人個人.心の奥底では「自由で平等の立場に立ちたい」という気持ちがある。逆に言えば.そう言う気持ちがあるからこそ人間いうことになるんです。「人間は意識して.意欲して.行動する動物」それを誰も止められない。なんぼ弾圧しても次から次へとそういう動きは出てくる。その意識がある限り.共産主義の世の中になっていく。ある意味.それは自然の流れであり.摂理なんですわ。それがマルクスの学説なんや。あの封建主義の江戸時代でも.陽明学者の大塩平八郎。山片幡桃.由井正雪.西郷隆盛.坂本龍馬といった人間が出ましたやろ。明治になってからだって幸徳秋水.大杉栄といった人材が出た。つまりどんな時代であっても.新らしいイズムを持った人物が出とるわけや。実力もないのに.立場だけで禄高をはんでいる上級武士を見てるから.なんでもお上のお達しどうりという.そういう状況が我慢できなかったんやろね。「なんでや!」とお上を追求する気持ちが心の底から出てきたわけや。そういう突出した人達が歴史を.世の中を.少しづつ変えて行ったいうことになる。 -『青木雄二の天下取ったる! 地の巻』青木雄二著/ぶんか社¥1400(税別)より抜粋 -

[133] 【 SPEED今井絵理子さん立候補表明 参院選に自民から  】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ2956XLJ29UTFK00M.html 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/02/10-15:59)
世の中の変化は凄いもんやね。この10年の日本の政治.経済の動きを見ているとホンマにそう思うのや。今の日本は世も末でっせ。世紀末特有の腐敗しきったドロドロとしたウミが.日本の社会のいたるところから滲みだしているということや。こんな惨状になったのは.いったい誰のせいなんや。政治家が悪いのか.国民が悪いのか。色々言う評論家はおるけれど.ボクは結局.国民自身が悪いと思っている……。こう言ったら納得できるんやないやろか。政治が乱れ.経済が乱れ.教育が乱れきっている。みんなそう思っているのに選挙では.自由民主党に相変わらず投票している。政治が悪いと思ったら.日本は民主主義国家なんやから.国民は選挙で政治を変えればええんや。日本の国民は.そんな当たり前のこともわからんトロイ国民といわれても仕方ないのやないか。そもそも。70歳.80歳のいい年寄りが.資本主義と共産主義.観念論と唯物論の違いも理解出来ていない。学校で教えてもらわなかったからわからないのか.それとも文部省が教師に圧力をかけて子供達に教えないのが悪いのか。とはいえ.文部省の黒幕は自由民主党だから.本当は自由民主党が一番悪い。それでも目が覚めない国民は自由民主党に投票してしまう。何故かと言えば.自民党は「自由で民主的な党やから」というわけや。ホンマ.自民党を支持する人のかなりの部分がその程度の政治意識しかないのやで。だから.国の乱れと政治意識の低い国民は.ニワトリと卵の関係にあるといえるんや。そやけどこれは.民主主義の宿命や。どんなにトロイ人間も賢い人間も選挙では一票しか投票できない。国民はよくよく政治家を選ぶ目をもたないといけないということや。いまの社会に不満があるなら.とにかく.大切なのは政治を変革することやないやろうか。自由民主党に不満があるなら.自由民主党やその公認議員に選挙で投票しないことや。それから無所属にも気をつけんとアカンで。保守系無所属なんて.当選すればホイホイ自由民主党に尻尾ふるだけや。日本共産党以外はすべて資本主義擁護党だから。そやけど.政治を変えるためには.国民にもそうとうな痛みがつきまとうもの。やはりなにかを変えていく時には.相当なエネルギーが必要だ。選挙で自由民主党から野党に政権がようやく移っても.結局また自由民主党に政権を明け渡す。これがイギリスやアメリカの二大政党のように.政策本位で政権を争い.国民もその政策により政党を選択し.政権が変わるというのなら納得出来る。そやけど.日本のどの政党をみても政策本位で政権を取る力はない。自由民主党にしても利権と予算の配分だけで長く政権を維持してきただけや。また国民も政策本位で議員を選ぶ有権者がどれだけいるか疑問がある。資本主義社会はピラミッドの社会であって.その底辺は圧倒的多数の労働者である。なのに資本主義擁護の自民党は.決して労働者の味方はしないということがわかっていないのだから.ほとんどの有権者は何の考えもなく.ただ漠然と投票しているのとちがうか。だから政権交代といっても.まあ.いうたら男好きの女が前に別れた男のほうがよかったといって.またヨリを戻しているようなものや。また金さえもらえば.どの政党にでも鞍替えする.日和見根性の人間もたしかにいる。だけど.ボクはそんな自分の主張と一票をもっと大事にせんかい.といいたい。たかが一票といっても.選挙の結果によっては命取りになることもありまっせ。原発や産廃誘致の問題なんかは真剣に考えんと.とんでもないことになるで。たかが一票なんていえんのや。そのくらいの覚悟をもって投票せなアカンな。とはいっても今日び「ひどい政党ばかりでどこにも投票できん」という声も聞く。たしかに.国民だけをトロイとは責められない。ホンマ.日本の政治は不毛やで。このままではやはり.自由民主党の一人勝ちやな。 -『ゼニと世直し』青木雄二著 / 大和書房 ¥1200(税別)より抜粋 -

[132] 【 割安「夜発」ツアー暗転 1泊3日1万円台、若者に人気 】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ1H36LKJ1HUTIL00N.html?iref=comtop_6_01 【 ココイチ、廃棄依頼の食材は計6種「転売品の可能性」】→ http://www.asahi.com/articles/ASJ1H5H87J1HOIPE01K.html?iref=comtop 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/01/16-14:57)
今の日本は社会の構造そのものが「騙し」なんや。例えば年俸制の導入.裁量労働.派遣社員制度……。これは全部、庶民.労働者に対する「騙し」やね。御用学者や政治家はその都度.口当たりのいいことを言っとるけど「すべての流派がマルクスに基づいて自己主張してる」だけのことなんや。あとから振り返ってみると結局.すべてが労働者や貧乏人にのしかかってくる。なのに日本国民はそれが見抜けない。多くの人が選挙で資本家の代表に投票しておるでしょう。資本家と組んだ自由民主党に騙され続けてきた。ということがわかっとらんのです。そもそもなんで騙しが起こるのかと言うと.資本主義社会は物質が基になっている社会だということにある。経済がピラミッドになっていますから.底辺に行けば行くほどしわ寄せがきつくなる。のほほんと構えているだけでは餓死するよりほかにないわけです。だから生きるためにどうしても騙さないとあかんという構造になっているんや。資本主義社会というのは.つまり安く仕入れて高く売るということやからね。これも騙しのひとつですわな。デパートでもどこでも「この商品の原価はいくらです」と正直に言わない。車の車検もそう。ブレーキとか点検するところは数カ所だけだから.本当は昼に出したら夕方には上がってくる。それを普通一週間くらいかかるのが当たり前という錯覚を起こしとる。だから「30万かかりました」と言われると「そうかな」と思ってしまうようになっいるわけや。そうして考えるとホンマに人の弱みや無知につけこんだ商売というのは.ぎょうさんある。今の社会で生き抜いていくためには.そういうすべてのことに利口にならなければあかんのです。すべては「騙し」なわけですから……。実は僕も偽物をつかまされたり.騙されたり.スッた金はかなりの額になる。でもそれは勉強料ですな。痛い目に遭わんと知識は身につかん。そして失敗を繰り返していくうちに「これはおかしいぞ」というような感覚がつかめるようになる。「なにかしっくりこんな。この部品だけはこれは生まれたままの状態じゃないぞ」という感覚でんな。それは勿論.単にひとつの品物に対してだけではなく.今の社会のシステムに対してもそうや。なにかおかしいと違和感を感じたら.きちんと自分なりに追求して考えてみることが大切なんや。 -『ナニワ金融道 天下大乱 こんなにも凄まじい時代を生き抜く23のヒント』青木雄二著 / 講談社 ¥1200(税別)より抜粋 -

[131] 謹賀新年 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (16/01/01-13:45)
旧年中も『ナニワ金融道場』御世話になり大変有り難う御座居ました。本年も何卒どうぞよろしくお願い致します。

[130] 【 東芝、国内外1万人削減へ 赤字は最悪の5500億円 】→ http://www.asahi.com/articles/ASHDP77CRHDPULFA04D.html?iref=comtop_6_04 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/12/25-00:10)
「大工業は世界市場を作りだした。これはアメリカの発見によってすでに準備されていたのである。世界市場は商業に.航海に.陸上交通に計り知れない発展をもたらし.その発展がまた工業の拡大に反作用した。そして工業.商業に.航海.鉄道の拡大に比例してブルジョアジーは発展し.その資本を増やし.中世から受け継がれた全ての階級を背後に押しやった」(『共産党宣言』)「ブルジョアジーは何よりもまず自分自身の墓堀人を作り出す。ブルジョアジーの没落とプロレタリアートの勝利とは.ともに避けられない」(同)この項で引用した『共産党宣言』は.ドイツ人のカール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスの共著で1848年に発行された本や。この二人の経済学者は貧乏な人がずっと貧乏なままでいて.金持ちがさらに金持ちになるのは資本主義に根本的矛盾があるせいではないか.と考えた。マルクス達が経済学を通じてやろうとしたことは.どんなに努力してもいっこうに裕福になれず.いつまでも虐げられている人々が.どうすれば自らの権利を獲得できるのか.と言う原理を解明することや。この資本主義の社会では.誰もちょっとしたことでどん底に落とされる。たとえば一時は金持ちに見える人間でも.資本主義社会が成熟する過程で「プロレタリアートの中に突き落とされる」とも言っているのや。何しろ「突き落とされる」というと.ボクの『ナニワ金融道』でいえば.いちばんわかりやすい例が.鈍才小学校の教頭.三宮損得やろうな。先物取引の失敗から借金を重ねて.とどのつまりは自殺未遂をやらかし.教職も失い.退職金も奪われ.家からも追い出され.地下鉄工事の交通整理のアルバイトをやる羽目になるのや。三宮教頭のケースは自業自得といえばそれまでやが.そのままでいれば.教頭職を定年退職して数千万の退職金をもらい.教育委員会の暇な役員でもやって.嫁はんの豪邸で悠々自適の余生をおくれたはずなんや。そのすべてが.たった一本の電話であっさりと失われる。これが資本主義の現実や.ということやな。いったいこの資本主義というのは.なんなのか。資本主義というものがいったいどうして生まれて.どう発展するのか。結論からいうと.利益だけを追求する資本家は.その貪欲さゆえに自滅への道をたどり.ゆくゆくは資本主義経済も戦争や恐慌によって自ら必ず崩壊する。その時に失うものを何も持たない労働者階級は.力をあわせて闘うことで.必ず平等と自由を手に入れられるということや。 -『ナニワ金融道 ゼニの魔力』青木雄二著(講談社¥1400税別)より抜粋 -

[129] 【 安保法制反対に「第九」演奏 FBで呼びかけ新宿に集結  】→ http://www.asahi.com/articles/ASHDN2RGZHDNUTIL001.html?iref=comtop_photo 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/12/21-00:51)
読者はすい星が.水の塊やと知ってまっか。ある学者の説によると.地球誕生のころ.あの氷の塊が地球に衝突して水が生まれたらしいな。ほんで海が出来た。生命誕生に重要な「水」はすい星の隕石の衝突が最初のきっかけだったというわけや。海に生まれた原始生命体はやがて植物.動物になりました。アメーバのようなもんから段々発展して.爬虫類.鳥.猿等々と進化して人間が誕生したわけだ。その人間が集まると「社会」が出来.最初に出来た人間の社会というのは「原始共産社会」と呼ばれ.この時.社会に搾取というものはなかった。誰もが手分けして海で魚をとり.山で獣をとって.収穫物は平等に分配する社会だったわけや。ところがそのうち「ここはわしの土地や」と棚で囲いをしたやつがおったんや。私有財産の発生やね。こうなると人によってその日のシノギに差が出来まんがな。つまり生産関係という「経済」が土台になって.人間に初めて上下関係が出来たわけや。ほんで次には「奴隷社会」が生まれ.三番目に「封建社会」が出来.そして四番目に生まれたのが今の「資本主義社会」というわけでんがな。社会というのは不思議なもんで.文化も思考も考え方も全然違う世界中の民族がたいてい同じこの四つの過程をたどってきてる。ということは社会というのは「こういう社会を作りたい」と誰かが頭の中で思ったからできたのではないということや。そういう観念論ではのぉて「社会は生産関係を土台にして必然的に変わっていく」この唯物論哲学を世界で初めて発見したのがマルクスとエンゲルスだったのや……。それと今後のことでもう一つ考えなあかんことがありますな。男と女がオメコしたら子供が出来るように.国と国がオメコしたら何が出来るか。国どおしが仲良ぉ合体するのやから.まず戦争がなくなり.世界は最終的に地球村にならざるをえんということなんや。本文でも言うたが.今の若い人は己の志を実現するための手段の選び方がヘタになってまんな。けどそれは若い人が悪いのではのぉて.やっぱり社会が悪いのや。つまり資本主義社会がどうしようもなく行き詰まっていると言うことなんや。結局.資本主義社会はどこまでいっても矛盾だらけの社会や。何ひとつ根本的な解決は出来ないということなんや。だからこの社会を牛耳ってる資本主義擁護党を葬り去らんことには絶対この国はよくなりまへん……。さて.読者の皆さん。わしからの最後のメッセージやが.オウムに限らず宗教のいかんところはどうしてもあの世とか.霊魂の存在を言い出すことや。つまり宗教は観念論で人間を洗脳してしまうのやな。洗脳されると人間は犬みたいに従順になります。国民が従順になるということは.支配する資本主義擁護党にとったら好都合ということでんがな。わしの主張しとる唯物論哲学は.これに真っ向から対立するのや。死んだら無になるだけであって、あの世とか地獄を思うこと自体が間違いだということなんや。こう言い換えてもええ「神は人間が何かに怯える心が創り出したものであって.神が人間を創ったのでは断じてない。」今後.子供らに教えていかなあきまへん。まず唯物論哲学を徹底して伝え「神はいない」ということを最初に教えんことには、人間主体の教育は出来んということでんな。 -『ナニワ錬金術 唯物論』青木雄二著(徳間書店¥1200税別)より抜粋 -

[128] 共産主義なんて 名前:エネルギー名無し (15/12/17-20:03)
 とっくの昔に破綻した、人類史上最悪の思想なのに未だ縋りついてる人達がいるんですかね。
 マルクスなんて今で言えば寄生虫みたいなヒキニートで、エンゲルスに集ってばかりいたっけ。
 そんな彼の思いつきの何処が人類を幸せにしたのでしょうね。既に革命を起こす事自体が目的化している時点で終わったクズ思想。
 「共産主義政権が成立すれば、搾取は絶対に無くなるという保証はあるのか?」と言う命題は何時になったら結果が出るのでしょうね。

[127] 【 同時テロ、ベルギーが重要拠点 仏軍はIS「首都」空爆 】→ http://www.asahi.com/articles/ASHCJ2QDTHCJUHBI005.html?iref=comtop_6_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/11/16-21:10)
《「大手商社マニラ支店長誘拐事件」三井物産マニラ支店長が武装5人組に誘拐。翌年釈放。身代金支払いの有無が話題に》これは.日本にとっては結構ショッキングな事件やったんとちがうかな。なんといっても我が国は.治安の良さは世界一といわれとる。日常的に誘拐なんて起こったことない。しかし.発展途上国とか貧富の差の激しい国や地域はテロや誘惑はつきもんなんや。三井物産のマニラ支店長いうたら.いうてみたら大金持ちやわな。マニラのゲリラ組織からしたら.かっこうの標的やったといえるやろう。日本人ほど誘拐しやすい人間はおらんやろね。危機管理が出来てないし.まさか自分が誘拐されることはないやろと.タカをくくっとる。しかもゲリラからしたら相手はとんでもないくらいの金持ちや。単純にこの事件をみてしまえば.反政府のいかれたゲリラが.善良な日本人を誘拐して身代金を要求したということになるやろうと思う。でもワシの考えはちょっと違うんや。反政府ゲリラいうのは基本的には現政府の制作に反対しとる訳です。現状を変えていかなければあかんと思とるヤツらの集団ですわな。今のままでは貧乏人はずっと貧乏人のままで.幸せのかおりすら味わえない。貧乏人の為にも今の政策を変えんといかんということで決起しとるわけですね。そういう意味ではゲリラの方が愛国心があるとも言えるんと違うかと。ペルーの日本大使公邸をゲリラが占拠したこともありましたわな。あの時は悪党のゲリラをやっつけたということで.フジモリ大統領は英雄でしたな。しかし.今はどうや。フジモリ大統領はペルーに帰れん立場になっとる。日本に逃げてきてますわな。ということはどっちが正しかったんやろとなりますわ。わしが言いたいのは.そういった頻発するゲリラの誘惑やらには.必ず理由があるということなんや。テレビとかで映ってる部分は.あくまでも対外的な宣伝フィルムに過ぎん。その国の本当の実態なんて.その国に住んでみんとわからんて。《「朝日新聞阪神支局襲撃事件」朝日新聞支局に覆面男が侵入.散弾銃を発砲。記者2人が死傷。犯人は未だ捕まらず》兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に.スキー用の目出し帽をかぶった男が侵入し.支局二階のソファでくつろいでいた記者三人に散弾銃を二発撃ち.小尻知博記者が死亡するという恐ろしい事件が起こった。あれからもう十年以上も過ぎているのに未だに真犯人は見つかっとらん。正直な話し.政治や主義や右翼とかが絡んでいる犯罪は.迷宮入りする可能性が高いと思う。要するにこういった犯罪の背後には.どうしても日本の資本主義というものが複雑に関わり合っている気がする。NHKは郵政省に予算を握られているし.民放もスポンサーの顔色をうかがうしかあらへん。そういう立場にあるマスコミが.何かしらの圧力に屈しないという保証はない思うで。わしが言うときたいのは.どのマスコミも街金のコマーシャルしとるわな。あれって.わしらの三百倍もの利子を取る街金のCFを垂れ流すその体質が.阪神支局の不幸な事件を招いたと考えるのは.あまりにもうがっとるかな。《「大韓航空機爆発テロ事件」前年の大韓航空機事件を韓国が北側のテロと断定。容疑者金賢姫もソウルで爆発を認めた》大韓航空機事件。北朝鮮の工作員金賢姫が.蜂谷真由美と名乗って同機に乗り込み時限爆弾を仕掛けたあと.途中で立ち寄ったアブダビ空港で降りると.いずこともなく姿を消した。結局.金賢姫はバーレーンの当局に拘束され.韓国に移送されることになった。金賢姫は自分が北朝鮮の工作員であることを告白し.金日成国家主席の命を受けてテロ行為に及んだことを認めよった。「ジュリ」という韓国映画があったわな。北でスパイとしての軍事訓練を受けた工作員が南に侵入して.爆弾テロを仕掛けるいう話しやった。その中のシーンで北の工作員のリーダーが.南の刑事に怨みを吐露する場面なんやけど「俺らが泥水すすって草を食ってる時に.お前ら南の若者はたらふく飯を食い酒を飲んでゲロを吐いている。これが許されるのか」てなことを言いよる。見事に北と南の違いを表現しとる場面やと思て感心した覚えがあるわ。元々.同じ民族だけに現実の状況の著しい差違に気付いた時.それは憎しみに変わるのも無理ないわ。どうなんでしょうかね結局の所.一番の不幸の原因は.三十八度線によって祖国が真っ二つに分けられたことやと思う。そういう意味ではアメリカとソ連いう大国の犠牲になったといえんこともないわな。しかし.正直な話し.結局は大国の思惑で弱小国は右に行ったり.左に行ったりしとる。本来.国家というのは.国民の意思でのみ国の在り方を変更出来るわけであり.他国がああやこうや言うもんやない。なのに現実は大国のエゴがまかり通ってしまう怖さを感じてしまうんや。考えてみれば.二十一世紀初頭の大悲劇となったアメリカでの同時多発テロにしても.ある意味.大国のエゴが遠因になっとる気もする。少なくとも大国と小国の格差が広がり.大国のエゴがまかり通っている限りは.この手の悲劇は必ず繰り返されると思う。《「地下鉄サリン事件」東京の地下鉄3路線に毒ガス.サリンがまかれ死者12人。オウム真理教関係者が逮捕》この時のことはよう憶えとるわ。これがあって一気にオウム真理教が浮上しよった。松本サリンの河野さんの容疑が完璧に晴れた瞬間でもあった思う。あの時.あんな大量殺害に結びつく猛毒ガスのサリンを地下鉄で撒けるもんかということやった。それがカルトの怖さなんや。宗教いうもんは救われるんやったら.何でもやりよる部分がある。しかも宗教は誰でも思想信条の自由があるから.何を信仰しようと人の勝手で.殺人を肯定しとる宗教を信じてもそれはOKなんや。勿論.だからといって人を殺してもOKやないんやけどな。しかも.このサリンは世界で初めて殺人目的で使われた。イラクのフセインですら撒くのをためらう猛毒ガスなんや。これがテロであり.国家に対する戦闘行為である。宗教的儀式から大きく逸脱した行為なんや。にも関わらず.日本の警察は相手が宗教ということで.最後まで及び腰やったという印象がある。日本という国は.なんとも呑気なもんやな……。どや.読んでみてどうやった。正味の話し色々と感じたやろ思うで。さて.二十一世紀いうのは.二十世紀にも増して庶民にとっては厳しい世の中になると、わしは睨んどる。自由主義の名のもとに競争社会が激化し.弱いものはどんどん排斥されていく時代になるんやないかと思うのや。世界的にいえば.頂点に達しようとしとる貧富の差が.新たなテロや戦争を生んでいくやろ。解決の手立てのない争いやトラブルが頻発するに違いない。かつて.わしら人類はそれぞれのエゴで悲惨な戦争を繰り返してきた。二十世紀の歴史は戦争の歴史でもあった。このままやと二十一世紀もまた戦争の歴史になってしまいよる。今回の本で取り上げた事件の数々はその規模こそ違え.その根底にあるのは人間のエゴや.貧しさや.憎しみである。わしは思う。人がエゴを捨て.貧乏が世の中から無くなり.憎しみが思いやりに変わった時.凶悪な事件は影をひそめ.世界から戦争が無くなる。そんな世の中が来るというのは夢物語かもしらん。ただ、人間は生きとる限りその夢に向かって前進していかんとあかんとわしは真剣に思っとるんや。人間が夢を無くした時.その時こそが人類にとっての終末になるはずや。 -『青木雄二の二十世紀事件簿 犯罪・社会編』青木雄二著 / 河出書房新社 ¥1400(税別)より抜粋 -

[126] 【 ハロウィーンの渋谷、逮捕者も 警備の警官を殴った疑い  】→ http://www.asahi.com/articles/ASHB05K3HHB0UTIL016.html?iref=comtop_list_nat_n04 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/11/01-13:00)
ドストエフスキーが『罪と罰』で描いた1866年のペテルブルグは.まさに250年間以上も連綿と続いた王朝が崩壊の兆しに怯え.1861年に首都のペテルブルグは解放はされたけれど経済的基盤を持たない元の農奴達であふれかえり.沢山の人々が群がって猥雑で騒がしい空気に満ちていた。行き場をなくした人々がペテルブルグに集まってきて.ボロをまとった男達がののしりあいの喧嘩をし.酔っぱらった兵隊が大声でわめき.泥酔した男が通りの真ん中に死んだようにぶっ倒れている。客を引く女達は四十過ぎの女もいれば.十七.八の若い女もいて.あげくに目の下に青い痣をつけていた。十三ばかりの少女が泣き出すほどの猥雑なカンカン踊りをさせ.色んな恥ずかしい格好をさせて客が興ずる「魔窟」のような店も現れていた……。というように風紀が乱れていた。橋の上から運河に身投げする女もいれば.有り金全部を使い果たした末に自殺するもの.若い女から貴族まで自殺者が急増した。犯罪が増加し.いたるところに強盗や放火が頻発。人心は荒廃.風紀は乱れ.ロシア帝国のシステムは崩壊し.社会は大混乱に陥っていた。さらにロシアに移住してきた外国人が社会的軋轢に拍車をかける……。「この頃は.公共事業に色んな事業家どもがごそごそ入り込んで 関係したものをことごとく自分の利益のために歪めたので」というように.まるで今のニッポンの「官と民の癒着」をそっくりそのまま描写したようなシーンも『罪と罰』にある。このように1866年に書かれたドストエフスキーの『罪と罰』の中には.現代の日本を書いたのではないかと錯覚するような描写が数多く見られる。それから51年後にロシア帝国は崩壊した……。崩れていく経済システム.綱紀の乱れる官僚達.失業者が溢れ.自殺者が増加する今のニッポン。『罪と罰』は我々に何を予言するのだろうか。人間の意志というものは.その社会的存在によって決められ.自分の意志だと思っていても.それは環境が決定しています。欲しいものが手に入らないから女は体を売る。男は強盗を働く。犯罪.自殺.売春はすべて同じ根っこから派生してきているものなのです。これらの現象というのは不況が長引いて資本主義が崩れてきているということと無縁ではありません。欲求だけは駆り立てるんですわ.資本主義は。にもかかわらず.それが手に入らないという状況も同時に生みだしていくものなんです。 -『青木雄二の世界文学講座 ドストエフスキー罪と罰』青木雄二著 / 講談社 ¥1200(税別)より抜粋 -

[125] 【 傾きマンション改修、新築の何倍も費用 ずさんな杭工事 】→ http://www.asahi.com/articles/ASHBH62G0HBHUTIL03Y.html?iref=comtop_6_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/10/17-19:46)
「JOCの社員を殺したのは科学者づらした観念論者や」 臨界事故で被爆した大内さんが.三ヶ月間の必死の治療の甲斐なくついに亡くなりました。ともあれ.事故の原因は誰の目にもはっきりしております。作業手順の手抜きであります。ウランの溶液はウランが臨界量に達しないように.少量づつ小分けにして.時間をかけて作らなければなりません。ところがチマチマ作っていたのでは時間がかかってしゃあない。儲からんということで.規定量以上のウランをドバッと容器に入れてかきまぜてしまい.その結果.中性子の「青い光」が「ピカッ」と来たわけです。「ピカドン」の「ド〜ン」までいかなかったのは不幸中の幸いでありました。それでは何故.手抜きが行われたのか。早い話し.それはJOCもゼニ儲けが仕事だからであります。合理化という名の手抜きをし「裏マニュアル」を作ってでも.少しでも多くゼニを稼ごうとしたわけです。現在.日本の原子力商売は.その中でも最も弱体なのが住友系で.JOCはその住友系の住友金属鉱山の子会社。JOCとしては存亡の危機に立たされ売り上げが伸びんとあっては.会社のやる対策は.決まってリストラということになり.この少ない人手で科学技術庁の言うとおり.まだるっこしい安全基準を守っていたのでは.儲からないどころか会社が潰れてしまいます。「安全とゼニのどちらをとるかとなればゼニをとるのが資本主義の鉄則」というわけで.起こるべきして起きた事故というわけです。事故直後.科学技術庁の有馬朗人長官は.最高管理者として自分の責任は棚に上げ.それを底辺労働者に押しつけて平然としている。油まみれ.汗まみれになって自分の手を汚して働いたことのないエリートは.いつもこの調子であります。合理化.合理化でケツを叩かれている現場労働者の事情というものがまったくわかりません。どんな社会的な問題も.必ず物質的な土台というものがあります。今回の事故の土台には.原子力燃料の国際的な価格低迷という経済事情があり.それがあってこその手抜きだったのであります。たんに現場労働者のモラルが低下したから臨界事故が起こったというのは.なんとも幼稚な観念論であります。ところが.その科学者が原子力産業の現実を客観的に見ることをせず「現場労働者のモラルが低下しているから起きた」などと自分に都合の良い観念論を言うから.まったく笑わせます。被爆して死んだ大内さんは.こうした観念論者に殺されたといっても言い過ぎではないのです。-『 まんが 勝ち逃げ資本論 』青木雄二著/ 光文社¥829(税別)より抜粋 -

[124] 【 安倍首相、首相再登板1千日「これからも全力で」】→ http://www.asahi.com/articles/ASH9P5WS2H9PUTFK002.html?iref=comtop_list_pol_n02 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/09/22-14:39)
「ヨーロッパに幽霊が出る……。共産主義という幽霊である」マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』は.この有名な文句で始まっています。『共産党宣言』が発行されたのは 今から百五十年以上、昔の1848年のことであります。その頃「世の中の人がみんな分け隔てなく平等に暮らす」という共産主義の考え方は.まだまだただの妄想だとおもわれていました。当時のヨーロッパでは.資本家や大地主が.大きな力をもっていたため.誰もが平等に生きる社会など.まるで想像がつかなかったはずです。それはただの.絵空事に過ぎませんでした。その意味で.共産主義は「幽霊」に過ぎなかったのです。ところが.この幽霊は大きな力をもっていました。その頃のヨーロッパ各国政府は.自分達の政策に反対する勢力を「共産主義」だと決めつけ.大いに非難したのです。それは.とりもなおさず「共産主義」が時の政府与党に大きな恐怖心を与えていたからにほかならないでしょう。マルクス・エンゲルスは.しばしば自分達の思想や学説が.単なる抽象的な思考の産物ではなく.労働者階級の武器や指針となるものだと強調しました。空想的社会主義に対して.マルクスとエンゲルスの学説は科学的社会主義と呼ばれています。空想ではなく科学なのですから.ただ単に机の上で考えるより.むしろ行動を起こす事が大切になってきました。マルクスは世の中を変える道を選んだのです。そのマルクスの考え方に基づいて.ソ連や東ヨーロッパに共産主義社会が実現しました。ところがみなさんよくご存じのように.ソ連や東欧諸国の共産主義は.ついに行き詰まって国家が崩壊してしまいました。そのため「共産主義は間違っている」と言う人もいます。「ほらみてみ.共産主義なんかただの空想に過ぎへんのや。そんな理想の社会なんか.実現するはずがない」得意顔で.そう吹聴する人が出てきました。確かにソ連や東ヨーロッパの国では.共産主義社会の理想が失敗し.一部の党の幹部達が.蓄積された富を好き放題に使ってしまった、理想社会を築く過程でのこんな幹部の横暴は.資本家や自民党の堕落や横暴より.はなはだ罪が重いと言わざるをえません。けれども.だからといって「共産主義は間違っている」とは言えないでしょう。ソ連や東ヨーロッパでは失敗しましたが.平等な社会を実現するための努力は必ずまた.これまで以上に続けられるはずです。幹部達が特権を行使して.自分達だけが利益を貪らないように監視するシステムをつくれば.きっと理想の社会が実現するはずです。大切なのは.マルクスの言うとおり世の中を変えていくことなのです。政治家や役人の所業で許せないこと.腹の立つことなどがあれば.遠慮会釈なくどんどん大声で糾弾していくべきです。それこそが.世の中を変革する第一歩なのです。また.たとえ素人考えであっても.思うことがあれば.どんどん大声でみんなに知らせるべきです。むしろ.素人の方が硬直したプロの政治家より.斬新な発想が出来るでしょう。空想から始まった社会主義が.やがて科学に発展したように.いつかはきっと政治を動かす力をもつようになるはずです……。「無知なハエが瓶の外へ出る自由を欲しているわけやが.やみくもにバタバタしても自分の羽根を傷つけるだけや。つまりどうしたら出られるかという『必然の認識』が自由なのだが.我が日本国民ときたら自由民主党とは資本主義擁護党のことであるという認識がないのだから.つまりこのハエと同じというわけや」 -『ナニワ憲法宣言』青木雄二著(角川春樹事務所¥1200税別)より抜粋 -

[123] 【 「国民の声無視している」 雨の中、国会前で市民が訴え 】→ http://www.asahi.com/articles/ASH9J5TRKH9JUTIL03W.html?iref=comtop_list_pol_n03 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/09/17-11:21)
「蟹工船」書いた.プロレタリアートの小林多喜二いう作家がおったでしょ。これを当時の特高が捕まえてぶち殺した。なぜ小林多喜二を殺したかということから始めんと.警察不祥事の問題は解決できないと思うで。圧倒的多数の労働者を社会の主人公にしよういう奴が殺されなければいけなかったかいうことを.まず分析しなければいけないんや。それは特高警察いうのは.当時の国体の子分なんですわ。民主主義であれば「どうして反体制があかんのや」言うて討論すればええのに.警察に連れて行って拷問を繰り返していたわけやろ。その事実をまず言わなアカンよ。日本の警察の歴史いうのをね。警察には明治時代からずーっとそういう伝統があったんですわ。マルクス・レーニンがいうように警察いうのは.この世の支配者.国家の権力の道具なわけよ。いつの時代にも権力者の側に立つのよ。で.今の日本でいうと資本主義擁護の自由民主党の側につくわけね。国家の起源というのは「相競う階級が自分自身も滅ぼしたくないために第三の機関をつくらざるをえなかった」この第三の機関いうのが国家なんですわ。ほんなら国とわしが個人的に争うたら.第三の機関は平等にそれを裁く意味で建前上つくられたんですけど.結果的にどうしても資本の側.資本の味方.金持ちの側につくんですよ。そこを言わんとダメなんですよ。立て前としては.第三者になったんだが.実はそうやない。平等にやりゃいいんですけど.やらん。どうしても金持ちのほうに味方するんですわ。その方が自分らもいい生活が保障されるからなんです。これが分析されなければ絶対にアカンということです。支配の側が作った都合のいい法なんや。だからいくら警察が法の番人でもだめなんよ。結局.お金なんですよ。わしはこう分析したんや。資本主義は我欲の象徴やと。しかし資本主義では一握りの人間しかいい思いが出来ないですわ。労働者には唯物論なんかを読む暇もないし文化も全部.金持ちに押さえられたんです。だから革新的な人間いうのは.貧乏の側から出んのですわ。いつの時代もええとこの子から出ている。エンゲルスもエンゲルス商会のせがれで.マルクスの家庭も弁護士でしたしね……。マルクスいうのは.資本主義そのものをひとつの生きた有機体としてとらえている。発生してそれから成長していって.最後は風化してボロボロになって無くなるところまでの事を全部書いている。それが『資本論』なんですわ。マルクスは弁証法ですからね。山というのは.そこに土が埋まっとって石ころがあって.樹木が生えて.人間が登る高い所というだけでは完全に言い尽くしたことにならんと言うんですわ。まず山がモコモコモコ出てきて.木が生えて.それから風化して行ってまったく無くなるまでを説明せんと.山を説明したことにはならん。象の足だけをなでたら「象は丸太ん棒だ」という表現をしてしまうわけですわ。鼻をなでたら「ロープや」と。でもそれは象のある部分だけを説明しているだけですわ。間違ってはいないけど.それを全体に持っていったら間違いになるってことなんよ。今.無知な国民が見ているのは.やっぱり部分だけ。マルクスの史的唯物論が発見されるまでは.徳川幕府がなぜ滅びたか.ローマ帝国がなぜ滅びたかということは説明がつかんかった。それは生産力が発展することによって旧来の価値観がつぶれるんですわ。江戸時代というのは基本的に大名と農民ですわ。それが資本主義ではブルジョアジーと労働者になったわけやわな。ところが生産関係のほうは生産力に比べると.発達が遅れてくるもんなんですよ。例えば.子供が成長するときに寒さから守ってくれる服が.いつまでたっても同じものであれば.古い服が肉体に対して窮屈になってくる。これは自分から小さくなった服を脱ぎ捨てざるを得んということですわ。日本国民の労働者は生産関係がわからんから考え方が遅れとるわけですわ。おのれの手で.この衣服を取り除かんと.いつまで立っても生活はよくならないということです。なんぼ便利になったところで.同じもん着せられていたら.絶対に生活はよくならんことを知らんとアカン。労働者が一気に「この服小さいから脱ぎ捨てよう」ということになった時は革命でしょうな。 -『 ナニワ革命道 』青木雄二×竹内義和共著 / 徳間書店¥1300 (税別)より抜粋 -

[122] 【 高校生のデモ参加など、校外容認へ 教育は中立性が課題  】→ http://www.asahi.com/articles/ASH9H4QVFH9HUTIL021.html?iref=comtop_6_01 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/09/16-13:53)
僕は何ごとにも歯に衣着せず.ホンネで物事を語るというので.よく労組や市民団体から講演を依頼されたり.出版社から書籍の企画を持ち込まれたりしております。漫画家が新聞にコラムを連載したというのも珍しいと思いますが.この連載が長く続いた理由をつらつらと考えてみますと.僕が実社会の中で見抜いた真実.この社会のカラクリを包み隠すことなく.素直に書いたことが.読者の共感を得たのでしょう。では何故.文章のプロでもない漫画家にすぎない僕が.かくも言いたい放題.自分の感じたこと.見抜いたことを書けるのでありましょうか。それはかくべつ僕が勇気に恵まれているからではありません。それはひとえに僕の社会的存在にあります。マルクスは「人間の意識が彼等の存在を規定するのではなく.彼等の社会的存在が.彼等の意識を規定する」と喝破しました。別の言い方に直せば「人間の自由は物質的な基礎によって実現される」ということでもあります。さらにそれを少々.乱暴に言い換えれば「ワシが言いたい放題を言えるんは.ゼニを持っているからや」ということになります。同じ女学校を卒業し.同じように美貌と才気にめぐまれた無二の親友同士がいたとします。学生時代にどれほどウマが合ったとしても.片方が社長夫人として嫁ぎ.もう片方が労働者へ嫁いだら.彼女らの意識は変わらざるを得ません。社長夫人は社員にストライキをやってもらっては困ると怒るでしょうし.労働者の妻の方は.もっと給料を上げよと要求する夫の行動を支援するでしょう。人は社会的立場によって.その意識が必然的に決定されるのです。理想や道徳だけでは人間は生きていけません。子供の頃から自ら培うものであり.それなりの才能があり.自分なりに工夫している人間は.それだけ努力をしているのです。ところが.この日本社会には.その個人が現在持っている能力を見極める力がなく.当人よりもその履歴.プロセスばかりを見てしまいます。僕はこれを日本社会の度し難い悪弊だと思います。実生活の苦い水を飲んだ経験のある者が少ないということでしょう。自分の漫画を例にとるのもおこがましいですが『ナニワ金融道』がヒットしたのは.そこに僕の社会的実践から得た経験が反映していたからだと思います。人がゼニに困ったときは.どういう心理状態になるのか又.人にゼニを貸す立場になった人間が.どれだけ残酷になれるのかということを.僕は社会的実践から知りました。僕は『ナニワ金融道』の中で.資本主義社会の中の本当の姿を描いたつもりです。ことは簡単で.自分の社会的実践を再認識すればいいのです。社会生活の実態は.いくら耳学問で取材したところでなかなかわかりません。サラリーマンを描こうと思ったら.やはりある時間.まともな会社に勤めてみることでしょう。公務員にしてもそれは同様です。唯物論からいえば.無から有は生まれません。よく目的のためには手段を選ばずなどといいますが.唯物論からいえばそれは逆であります。何故なら目的は観念であり.手段は実在なのですから。つまり手段を選ばないと.目的は実現出来ないということです。人間には葛藤.憎しみ.裏切り.嫉妬.怒り.悲しみ.愛.良心など.濃密な感情が渦巻いております。漫画にしろ小説にしろ.歴史に残る作品は.この人間のどうしても抑えようのない感情を描ききっており.それが読者の共感を呼び起こすのであります。商売でも何でも世間に流されているようでは.絶対成功することはありません。何はなくとも.自分はこれが好きだ。これをやるんだと言う強い信念の下で行動しなければ.資本主義社会ではお客様。ゼニを支払う側で終わってしまいます。僕の場合は今まで培ってきた観察力と『ナニワ金融道』で得たお金で道楽を試してみて.モノの価値がある程度わかるようになりました。しかし自分の価値基準も持たず.ホンモノといわれるものに触れる機会のない人はどうでしょうか。果たして資本主義の手抜きと搾取を見破ることが出来るでしょうか。もし資本主義の欺瞞を見破ることが出来なければ.社会の現状に満足して.ノホホンと一生を過ごして終わってしまうのではないでしょうか。マルクスが喝破したように.いずれ資本主義社会は立ち行かなくなります。民衆の怒りが爆発し.革命が起これば.歴史の必然として共産主義社会へと移行していきます。もし皆さんがモノの真の価値を見極めるようになり.いかに資本家や企業に搾取されているかに気付き.そのことを声を大にして糾弾するようになれば.僕は革命はかなり早まるのではないかと思うのであります。 -『 ボロ儲け経済学(ゼニのカラクリ明かします)』青木雄二著/ 光文社¥838(税別)より抜粋 -

[121] 【 政党交付金、「人件費」名目で飲食 元議員秘書ら証言  】→ http://digital.asahi.com/articles/ASH965SNLH96UTIL010.html 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/09/07-15:35)
今の経済状況を見ていて.誰でも素朴な疑問を持つと思う。官僚とか政治家.経済学者なんかが.こんなに山ほど税金を使って.毎日仕事をしているはずなのに.なんで日本の経済ひとつ.さっさと立て直せないのやろう。税金を払うものとしては.まったく納得出来ん。税金であれだけたくさんの人間を雇っているのに.そいつらが無能やから.もっと税金が必要になる。こんな理不尽な話しはとうてい許せない。こうまでうまくいかんのには決定的な問題.本質的な勘違いがあるのと違うか.と思うのがふつうや。それはもうこの資本主義経済のどんずまりを打開出来る経済理論が.この世に存在しないのやないか.ということや。二十世紀に入って.ケインズやら何やらの金持ちのための経済学が通用した。けれども今となってはどこかの発展途上の国から資源や資本のもとを持ってきたり.または国内の機構の無駄な何かをカットしたり.埋もれていた需要を引きづり出すといった方法はもう通用しないのや。それまで搾取されてきたアジア諸国.アフリカや南アメリカの国々も独自に近代化.工業化を進めているから.アメリカやイギリスなんかの資本主義大国が吸い取るうまみもなくなってきたわけや。実は.こうなる事はマルクスの経済学が最初から指摘してきたことやった。資本主義が末期的になると.市場が飽和状態になり.国家間の戦争以外に不況や恐慌を避ける手段がなくなるということや。日本の政治家や官僚が.資本主義のこの断末魔的な症状に対してなにも出来ないのは.彼等がマルクスを学んだことがないからや。マルクス=共産主義=かつてのソ連.という先入観にまみれたイメージで毛嫌いしてきた連中には.この資本主義の行き詰まりも理解しようがない。経済を少しでもかじったことのある人やったら.ボクがマルクスとか『資本論』とかを持ち出すと「何をいまさらマルクスや」と思うかも知れん。けどな.言うとくけど.そういう人に限ってマルクスをしっかり勉強したことがないのや。もし読んでいたとしても.身に付いていない。労働者の置かれた実状も知らずに読み飛ばしただけでは.いわば食わず嫌いと同じや。逆に言うと.必死になって否定したくなるほど.マルクスが書いたことは画期的なんや。なにしろ誰がなんといっても資本主義の本質を最初にしっかり解明して.それを世界にしらしめたのはマルクスや。これは反論の余地がない。『資本論』がその集大成というわけや。『資本論』が分析したことすべてを論理的に否定出来る学者は古今東西.ただのひとりもいないことがそれを証明しとる。何故ならそこに示されているのが.資本主義の真実の姿やからや。否定したがっているのは.ホンマのことを言われて怒ってる頭の固いおっさんみたいなもんで.書いてあることが真実やから否定しようがない。それでもそれがホンマのことやと.みんなに知らせたくないから「マルクスはあかん」と一方的に禁止したり.毛嫌いするわけや。今.現実に世界の経済を動かしている理論は……。というたら.それが何もないわけや。何もないからこそ.アジアの危機やとか.ヨーロッパの低迷やとか.ちょっと前にはアメリカ経済の双子の赤字やとかいうても.誰も経済策を立てられなかったのや。なにしろ.金持ちが喜ぶ経済理論なんぞ.庶民にはまったく関係ない。そういう面でも.マルクスの理論は.労働者ひとりひとりの毎日の生活を向上させる為の武器となるのやから.実際に役に立つわ。かといって.今すぐ本物の武器を持って立ち上がれというわけやないで。労働者もマルクスを知ることで.もっと強い存在になれる。といいたいのや。ともあれこのゼニの本質をよく知らなければあかんのや。良かれ悪しかれ.ゼニには魔力がある。人を幸福にも不幸にもする。このゼニとは一体なんなのかは.それこそマルクス経済学を知ればよう解るで。ボクの『ナニワ金融道』もそうやけど.真理というのはいつでもす〜っと理解出来るもんなんや。みんなこれで賢くなって.そこらの資本家どもをギャフンといわしたれ。 -『ナニワ金融道 ゼニの魔力』青木雄二著/ 講談社¥1400(税別)より抜粋 -

[120] 【 石破氏、自民総裁選不出馬へ 野田聖子氏はなお模索 】→ http://www.asahi.com/articles/ASH8P53LDH8PUTFK00G.html 名前:『ナニワ金融道場』管理運営委員会 (15/08/24-00:59)
「野党がだらしない」という言葉をよく耳にしますが.それはとんでもない間違いであって.要するに選挙というものは多数決でしょう。野党はよくやっています。トロい国民の一票も知的な国民の一票も一票にかわりはないわけでありまして.トロい多数が自由民主党に投票するわけですから だらしないのはむしろ日本国民なのです。僕だって.学校でマルクス・エンゲルスを教わったわけじゃないから独学で学び.自己を解放させることで「これが真理だ」と目覚めたわけですわ。ところが今の教育者どもは.俗流で自分がかわいいですから.なかなか真理を教えませんな。資本主義の社会というものは.まず経済が土台になっておる。経済いうのは資本家と労働者ですな。その土台の上に.二つの上部構造というものがあります。上部構造のひとつ.政治・法律・国家という広い意味での政治で日本では自由民主党のことです。もうひとつは科学・芸術・宗教・道徳という思想文化ですわ。ですからマルクス・エンゲルスを読んで.まず経済が土台になっていることを理解しないとダメだと思いますね。資本の側の搾取が剥きだしになりますと.民衆はいっぺんに目覚めますから.それを上部構造で隠そうとしているわけです。今は労働者の側の教育や芸術も認められていますけれども.そういう下から生まれたものを除けば.すべては資本の側の教育によるものなんです。簡単なようやけど.今まで労働者はあくまでも労働者であるなんて.学者もよう言わんかった。何度でも言いますが「サラリーマン」と言わずに「労働者」と言わんとダメですわ。自分を意識しないようになります。国民はそれでごまかされてきたと思いますね。労働者の歴史を見ますと知的労働と肉体労働がありますが.指図する側はどうしても知的なヤツがなります。思想的にも知的なヤツは有利ですから.どうしても支配する側につきますわ。これが資本主義のルールそのものなんですわ。かつて米騒動が起きたように.必ず誰かがそれをやることは歴史が証明しています。自由民主党や支配する側は.それを恐れておる。ギリシャ時代.奴隷や一般市民を抑えるために国家は何をしたか。公的権力.要するに警察を養うために租税を徴収したんです。日本でも銀行に火をつけたら.税金で雇っている警察が発砲してきますよ。インドネシアでは.略奪が起きましたでしょう。このままでは日本はああなりますし.この世の支配者はそれを恐れるんですよ。徹底的に唯物論を言わなあかん思うてます。でもボク一人がなんぼ頑張っても他の御用学者が言わんからダメですわ。テレビも言いまへんな。こんだけひどい世の中であっても.やっぱりまだ観念論なんですな。だから自由民主党は国民をなめきっとるわけですわ。この国の国民は本当にバカですから自由民主党いうたら「自由」で「民主主義」の政党やとごまかされるわけですわ。本質は「資本主義擁護党」なんですよ。それも「腐れ資本主義」を擁護している。でも誰も教えんから.それがわからんわけです。田舎なんかとくにごまかされてます。マッカーサーに農地改革をやらせたというアメリカの作戦があったからなんですが.農家の人にちゃんと言うてあげないとあかんですよ。敗戦まで日本は封建社会で.地主と小作の関係だったでしょう。それがソビエトに傾いたらあかんからいうアメリカの戦略で.農地改革をやって.地主の土地を二束三文で小作に分け与えたんでしょう。そのとき「共産主義になったらまた土地を取り上げられるぞ」と教えられたから.農家の人は自由民主党支持になりまんがな。そのくせ不動産屋が「この土地売ってくれ」言うたら「先祖代々の土地やから.売るわけにいかん」やて。ウソつけ言うんや……。当時の権力者が「農民と胡麻の油は.搾れば搾るほど出る」言うてたことぐらい知ってるわけでしょう。現代でも労働基準法を変えてサラリーマンは搾れば搾るほど出るようにされてまんがな。資本家の側もバカじゃないから.胡麻の油を枯らしたら元も子もないということは.よう知っとるわけですが.最近は残業代もなしとか。ここまで来たら根も枯れまっせ……。講演でもボクはいつも泣き入れさすからね。講演のシメに「ワシは自由民主党でも共産党でもどっちでもええんやで.儲かっとんのやから」と言います。そんで「あんたらは消費税が5パーセントから10パーセントに上げられたらしんどいやろ。ワシは上がれば上がるほど儲かるんや」と言う。聴いてる連中はたまらんようになって.泣きが入りますよ。そこで「それでもおまえらええんか.自由民主党で」とやる。一番わかりやすいでしょ。マルクス・エンゲルスでボクもだいぶ賢うなったんですけど.この世界いうのは.物質と精神以外は何もないんですよ。ボクはその基本から話しをする。物質と精神をわかりやすく言うと.さっき言った「在る」と「思う」の関係になるんですわ。「在る」とはいったいどういうことやと言いますと.ここにあるコップや灰皿は「在る」もんですわ。その「在る」ものは「思う」こと.つまり意識によってはいささかも動いたり変化をしたりしないということです。もし意識によって「在る」ものが動いたり変化するとすれば.たとえば.この秋に稲が大豊作になるように祈って豊作になるんやったら.人間には労働がいらんということになる。ボクは「これが唯物論や」と説明するんです。今.日本国民のサラリーマンは.八時間労働をして.そのうちの一時間半が自分の取り分で.残りの六時間半を資本家に搾取されとる。しかし.サラリーマンが今までそのことを知らなかったからといってその人はサラリーマンでないとは言えない。「在る」ということは.知っていようがいまいが.関係のないことです。同じサラリーマンでありながら「思う」ということが第一次的だとしたなら.みな各々に意識が違って永久に平行線ですけれども.意見は違っても同じサラリーマンで「在る」ことついては共通点がある。だから「解決の糸口は見つかるんや」とボクは講演で言いますわ。ボクの講演は絶対これでいくわ。司馬遼太郎なんて.しょせん「産経新聞」みたいんもんですわ。ボクはマルクス・エンゲルスを読まんかったら.この表現はできなかったですからね。人間には唯物論と観念論いう根本の問題があったんやということは.絶対にはずせんということですわ。 -『「腐れ資本主義」の世を生き抜け』青木雄二・佐�眇�共著/ 光文社¥1400(税別)より抜粋 -

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